伝統医学、なかでも、漢方(薬)療法というのは、“証”の医学ともいわれています。
“証”とは、漢方独特の専門用語で、そのときの患者の基礎体力や体質、病気の状態、病気の成り立ち方などを示す用語で、“証”を見定める診察法として“四診”があるということです。そして、“証”には、“陰・陽”“虚・実”“寒・熱” “表・裏”など種々のタイプがあります。
陰証・陽証=患者の体調や生命力の状態。からだ全体の反応の性質を示す。
虚証・実証=慢性病患者などの基礎的な体力や性質を示す。
寒証・熱証=からだの冷感・悪寒・熱感などを示す。
表証・裏証=病気の進行状態などを示す。
それと、もう一つ大事なことは、ここでいう“病気”とは、『傷寒論』(約2000年前の書物、張仲景編)の中での病気で、“傷寒”というのは、当時猛威をふるった腸チフスや赤痢、インフルエンザなどの急性の発熱性の感染症を指したものとみられ、現代の病気全般に当てはめると合わないものもあるのです。
“八綱”とは、漢方治療の方針を立てるために、病人の病型、病位、病性、病勢を分類し、把握するための概念なのです。ここでは、診断からはじめて、症状に対して分析し、病的原理をひき出し、治療原則を見いだすことなのです。
●病気の部位についての区別…裏・表
まず、からだを陽の部位と陰の部位に分けて考え、上が陽、下が陰であるから、背と頭や顔が陽で、胸や腹が陰。内が陰で外が陽であるから、消化器や循環器など内臓が陰で、皮膚、毛髪などは陽と区別する。陽の部位を“表”と呼び、陰の部位を“裏”と呼ぶ。
●病気の性状についての区別…寒・熱
顔色が青白く、沈衰的で、手足の冷えるような人は陰で、顔色が赤く、興奮的で、熱状をおびる人は陽であるから、同じ病気(感染症)にかかっても、陰のタイプの人は、さむけを強く感じ、発疹も色がうすく、痰が出る場合もうすい痰のことが多いが、陽のタイプの人では、高い熱が出、からだがほてり、赤い大きな発疹が出たり、痰も濃い痰が出る。
このように、陰の人と陽の人では、病気の性質が変わってくるので、陰の人の病性を“寒”とし、陽の人の病性を“熱”として区別した。
●病勢についての区別…虚・実
筋骨薄弱な虚弱体質の人は、病気に対する抵抗力も乏しいから、病状は必ずしも激しくないが、いつまでも治りにくく、予後も芳しくない場合が多い。このような人は“陰”であり、“虚”と呼ぶ。反対に、筋骨たくましい頑丈な人は、病気と激しく戦い、症状はいっけん重篤に見えるが、やがて時がくれば治りやすい。このような人は“陽”であり、“実”と呼ぶ。
証 外見や症状の目安
表証 病位が体表部に存在。悪寒、発熱、頭痛、発汗、関節痛、神経痛、浮腫(むくみ)など。
裏証 病位が内臓などの深部に存在。口渇、腹痛、腹部膨満、便秘、下痢、排尿異常など(慢性疾患はすべて裏証)。
寒証 顔色蒼白、寒がり、手足の冷え、軟便、頻尿、痰、咳、鼻汁、関節のこわばりなど。
熱証 顔色紅潮、暑がり、口渇、便秘、排尿少、発熱、ほてり、胸やけ、四肢痛など。
虚証 やせ型、筋肉弱、顔が細い、音声小さく不明瞭、胃腸弱、疲れやすい、腹壁が軟弱など。
実証 ガッチリ型、顔が太い、音声大で明瞭、胃腸強、便秘がち、腹壁に弾力性があるなど。
八つの文字があるから八綱というのではなく、下記のように表裏、熱寒、実虚の組み合わせで、重要なパターンが8パターンあるから八綱といいます。
“証”というのはこれだけで、これらの8つの“証”で、すべての疾病を治そうというわけでなく、たとえば、“実”といっても、とっても強い“実”と比較的やさしい“実”があったり、“八綱”以外に“気血津水”で証を診る場合もあったりで、この“八綱”も、あくまで病態を把握するための一つの物差しにすぎないのです。
いずれにしても、2000年も昔に著された『傷寒論』の中に、たくさんの処方(生薬製剤)が記載され、それらの処方が、今なお使用されて効果をあげている点に、伝統医学の凄さがあり、生薬のもつ薬効の偉大さがうかがわれるのです。
もちろん、『傷寒論』以外の書物による、たくさんの処方もつくられているし、今も絶えず新しい処方がつくられ、使用されています。