●甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう) 不安定な精神の高ぶりを鎮める甘い漢方の良薬!
〈外傷後のひきつけ〉
小学校三年の女子。
誤って転落して頭を強打し、人事不省に陥ること三日に及んだ。覚めてみると右半身不随となり、「昼夜に数十回も角弓反張(全身痙壁)の発作を起こして人事不省となる。覚めてみると、あくび頻発し、言語は不明瞭、諸治療をうけたが効がなかった。診ると全身に軽度の浮腫があり、脈は緊でやや数、右腹直筋の撃急が強度で棒のようである。甘麦大棗湯一カ月間服用ののち発作が減少し、10カ月で全治した。
〈猛烈な癇癪(かんしゃく)発作〉
16歳の男子。
一見頑健そうに見える。幼時脳膜炎にかかった。八歳のときから癒滴の発作を起こし、年とともに激しくなった。諸治療をうけたが治らず、ついに信仰に頼り、俄悔と祈りの行に励んでいた。しかし読経に熱中すれぱするほど発作が激しく、これは祖先の霊のたたりであると信じている。
脈は弦で、腹筋は緊張拘急し、肝臓が腫大し、圧痛がある。初め柴胡清肝散効なく、次に柴胡加竜牡湯を与えたが無効。再び柴胡清肝散にすると発作はいよいよ激しく、連続昏睡が三時間も続き、三日三晩発作の連続であった。
そこでこの急迫的発作と、その行動が神がかりの状態であるので、甘麦大棗湯にした。
これをのむと夢からさめたように発作はやみ、二カ月間続けているうちに、軽い発作が二度起こっただけで性格も一変して従順になった。このような猛烈な発作に柴胡剤や黄連解毒剤のような苦味は適当せず、甘味のあっさりしたものがよいようである。
〈鬱病〉
戦後二年ほど経たころ、茨城の田舎で往診した。17歳の頑健そうな男子である。
半年ほど前から学校を休んで、呆然として毎日を過ごすようになった。何事をするにも意欲がなく、いかにも物憂い態度である。
この患者の特徴として、午後四時になるときまって自ら一室に入り、何事かを悲しむがごとく、さめざめと泣き続け、一時間ほどするとやみ、部屋から出てくるというのである。
患者は全く無表情で、自ら容態を訴えようとはしない。脈は特記すべきものはないが、腹部は堅く、板のように張りつめている。
婦人ではないが、しばしぱ悲しんで泣くという。その様はあたかも悪きものでもついたようで、毎日きまって一室に入って泣くということが、「喜悲傷架せんと欲し、象神霊のなすところのごとし」に相当するものとして、甘麦大棗湯を与えたところ、二カ月ほどで泣くことはやみ、漸次回復した。
〈再び月経が起こり、気力も回復〉
食品会社に勤めるTさん(52歳・女性)は、月経が止まって数ヵ月が過ぎていました。
気分は落ち着かず、イライラして、生きるのも苦痛という、そんな状態が続いていたそうです。次第にやる気が失せ、仕事にも行かなくなってしまいました。初めてS病院に来たのは知り合いの紹介でした。以前友人がお世話になったということで、漢方薬を処方してくれる婦人科系の病院を選んだようです。
医者がTさんの症状をみると、目はつり上がり(怒っているような雰囲気)、手足は冷たく、のぼせがありました。そこで、加味逍遙散と甘麦大棗湯の2つが処方されることになったのです。
毎日欠かさず1ヵ月間、両処方を飲み続けたところ、気力が回復し仕事に行けるようになりました。
2ヵ月もすると、今度は体から冷えが取れ、月経が再び来たそうです。これは、漢方薬を飲んだことで、一度止まったと思われていた月経が再び起こり、体にたまった汚いものを全て洗い流してくれたのです。それ以降、気分は明るくなり、今まで以上に活発な生活を送っているそうです。